「医師不足」はなぜ起こったか? 第7回 印刷
2009年 5月 25日(月曜日) 22:39

臨床研修医制度と医学生(その4)

        医者の人生バランスシートは赤字?

 今回は、医者の「人生バランスシート」を見てみたい。

世間では、医者は高額所得者と見られており、医者になったら一生安泰だと考える人が多い。しかし、はたして本当にそうだろうか?
 では、まず、医者になるためにはいくらかかるのか、見ていこう。
 これは、国立と私立では、学費負担において天と地ほども違う。国立大学の医学部なら、年間の授業料は50万円あまりで、入学金やそのほかの費用を合わせても6年間で500万円?600万円といったところである。

 だから、子供に自分の病院を継がせたい開業医のホンネは、「国立に受かってほしい」である、もちろん、一般層の親も、子供が医者志望なら、もっと強く国立合格を願う。
 これに対して、私大医学部に入学すると、年間の学費が平均1000万円として、6年間で約6000万円はかかる。これに入学謝礼金や諸費用を加えて、1億円かかるところもある。
 私大によるバラツキも大きく、順天堂大学や慶応大学などのように、初年度納入金が300万円代の後半というところもあれば、最も高い帝京大学では、初年度納付金だけで1400万円以上(入学金200万円、授業料360万円、施設費など860万円)もかかる。
 つまり、この金額が、医者になるための直接投資である。

 では、現在のところの最高投資額1億円は、どのくらいで回収できるのだろうか? 順調にいけば年収1000万円の医者になるのは、勤務医の場合、30歳を越えてからだろう。とすれば、10年間で1億円だから、40歳でやっと投資がイーブンになる。とすれば、その後は投資の回収期間で、医者には定年がないから、資産を築くことも可能となるが、どうだろうか?
 これは、ケース次第と言うしかない。なぜなら、出世も順調で、医局で主任教授まで登りつめれば、当然、収入も増えるからだ。しかし、そうした「勝ち組」はまれで、やはり圧倒的に多いのが、サラリーマンと同じように系列の病院に飛ばされたり、一生助手や講師止まりというケースである。また、医師への入り口である国家試験に何度も落ちたり、大学の医局に空きがなかったりと、少しでも別のコースを歩めば、医者とはいえ「負け組」に転落してしまう。

 こうした負けを取り戻そうと、患者から「付け届け」を取る者、業者へのリベート要求をする者などが出てくる。また、救急病院での徹夜当直のアルバイトなど、数をこなして収入を得ようとする医者もいる。
 現在、医者の世界は、たとえば腕のいい外科医には、成功報酬や年俸制などで高額な報酬が払われるようになっている。しかし、それとは別に、地方の僻地の診療所で安い給料のもと、必死に働いている医者もいる。そして、この格差は、今後ますます開いていこうとしている。
 
 そこで、私は、現在のような画一的な医者の養成システムを止め、それぞれの人生コースに合わせた医者の養成をすべきではないかと思っている。そうしないと、一般の医療サービスの質はどんどん落ちていくことになる。そのツケが、患者側に回されているのが、結局のところ、たらい回し事件の核心ではないだろうか?

日本では、1961年に国民皆保険の制度がスタートした。この制度は画期的なもので、これにより、国民が等しく医療サービスを受けられるようになった。国民の誰もがみな等しく医療を受けられる。お金がなくて医者にかかれないという不幸はあってはならないという発想は、あの時代としては正しかったと思う。
 しかし、時代は変わった。国民皆保険は当初はうまく機能していた。しかし、あるときから、多くの医者が制度に守られて金儲けに走り、国民も必要もないのにどんどん病院に行くようになった。こんなことは想定外などと言っても、この悪回転は止まらなかった。

 国民皆保険と合わせてスタートしたのが、「医大新設構想」と、「医師150人体制」であった。「医師150人体制」というのは、人口10万人当たり150人の医者を作るということで、これは当時の欧米先進国並みにしたいという官僚たちの願いに支えられていた。その結果、新設医大が乱造されたわけだが、その入試は金権入試となって、レベルの低い医者が大量に生産されたのも事実だ。

 この「医師150人体制」は1980年代にクリアされたが、と同時に医者の質は大きく落ちたのである。
 それが、今度は、医師不足時代の到来である。国民皆保険制度も、経済が成長して人口が増えている間はよかったが、いまや医療費の増大が、制度そのものを立ち行かなくさせている。
 今後、国の方針で医者は増えるであろうが、保健制度の方が持たないかもしれない。とすれば、私たちは「医療」を受けるのも、自己責任の時代を生きなければならない。自分の健康は、自分で守る。国や医者に丸投げする時代は終わったのである。

最終更新 2009年 9月 10日(木曜日) 02:19