「医師不足」はなぜ起こったか? 第4回 印刷
2009年 4月 20日(月曜日) 22:01

臨床研修医制度と医学生(その1)

          医療現場の過酷さを知ってしまった研修生

 2008年10月、脳内出血を起こした東京都内の妊婦が、緊急時の受け入れ先になっている7つの病院をたらい回しにされて出産後に死亡するという、痛ましい事件が起った。いわゆる「妊婦たらい回し事件」だが、これは、東京都にかぎったことではなく、近年、全国で頻発している。
 いったいなぜ、こんなことが起るのか? 
 その背景にある「医師不足」問題をシリーズで考えていきたい。

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 2004年度から始まった「新臨床研修医制度」は、問題の多い制度だ。日本の医師不足がこれによって加速し、なおかつ、医師の偏在を招いた。
 将来の専門分野にかかわらず、どの医師も、患者数の多い外傷や病気の初期診療(プライマリーケア)にあたれる能力や態度を備えてもらおう。そういう趣旨でこの制度は始まった。
 では、どんな制度なのか、まず見てみよう。


 「新臨床研修医制度」とは、2年間に、内科と外科、救急(麻酔含む)の3つと、小児科、産婦人科、精神科、地域保健の4分野を必修する制度で、医学生は卒業前年の秋に、1000以上の病院がつくった研修プログラムを見比べて応募する。
 この制度導入前には、新卒医師の7割以上が大学病院で研修していた。そして、多くがその後も医局の意向に沿って「転勤」するなどし、地域の病院から求められる枠を埋めていた。ところが、新制度で研修病院を選べるようになると、都会の民間病院などに人気が集中。結局、大学に戻らず、都市部の総合病院で腕を磨く傾向が強まってしまったのである。

 こうなると、大学の医局に若手が足りなくなり、まず派遣力が落ちた。次に、医師不足から、地域の病院から医師を引き揚げざるをえなくなり、地域の医師不足は深刻化してしまったのである。
 研修先が選べ、その間、いくつもの診療科を回ることで、医者の卵たちは、過酷な医療現場の現実を知ることになった。
 彼らが知った現実は、産婦人科がきつい勤務のうえに、訴訟リスクが大きいということ。たとえば、帝王切開手術中に妊婦を死亡させたとして、手術を執刀した医師が業務上過失致死の疑いで2006年に逮捕された“福島県立大野病院産科医逮捕事件”(2008年に無罪確定)は、かなりの深刻度で受け止められた。

 「こんなんではやっていられない」と、産婦人科医の希望者は減った。
 また、小児科医もきつい。子供が病気になると、いまの親はすぐに病院に連れてくるので、昼も夜も医者は休まる暇がない。これを目の当たりにすれば、やはり「やってられない」と思うのも無理もないかもしれない。
 また、最近は病院を舞台としたテレビドラマが増えていて、『チーム・バチスタの栄光』『小児救命』『風のガーデン』などが、話題になった。なかでも『小児救命』は、小西真奈美扮する小児科医・青山宇宙が24時間体制の“青空こどもクリニック”を開業する物語で、医師不足の現実を訴えていた。これでは、「やっぱり小児科は大変だからやめておこう」となってしまう。
 いまの若者、とくに医者を目指す偏差値エリートには、ヒューマニズムなどほぼ眼中にないのだ。

 いま、地方の大学から聞こえてくるのは「研修期間を短くしろ」という声である。つまり、彼らに現実を知る機会を与えなければ、「大学医局に戻ってくる」と思っているからだ。しかし、本当にそうだろうか?
 2008年10月16日、来春卒業する医学生らの研修先が決まる「研修医マッチング」結果が発表された。医学生は研修希望の病院名を、病院側は面接などを踏まえて採用したい医学生の名前を挙げ、それぞれコンピューター登録。これで、両者の希望がマッチングすれば、研修先が決まる。
 2008年度は、来春卒業予定者ら8167人が研修希望を登録し、7858人の研修先が決まった。うち大学病院は49%。なんと、4年連続の半数割れだった。
 
 
 大学病院の嫌われ方は、もはや加速する一方になってきた。これは、学生たちに、圧倒的に都会志向があるからだ。彼らは地方大学の医学部に残る気はなく、誰に聞いても「まず、東京の総合病院で勉強したい」と言う。その理由は、「大学の医局では臨床例が少ないから、早く一人の医師として自立したくてもできない」というものから、「大学の医局は雑用が多い」「待遇が悪く、こき使われるだけ」など、多岐にわたっている。


 厚労省研究班が2007年9月、研修医1万5000人を対象にしたアンケートがある。これによると、大学以外の総合病院では62%が「満足している」と答えたのに対し、大学病院では43%と20ポイントも差がついている。
 2008年の研修医の募集定員は、予定数の1.4倍以上。完全な「売り手市場」となっていて、大都市圏の充足率が高い。前記したマッチング結果を都道府県別にみると、東京が9割を超えていて断然のトツプ。神奈川や福岡などは8割を確保しているが、富山、烏取など5県が5割を切っている。

 

 

最終更新 2009年 9月 10日(木曜日) 02:21